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静岡 相続・経営相談の税理士|菊川市の増田会計

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代表者ごあいさつ

代表あいさつ

増田哲士税理士事務所 (略称 増田会計事務所)

代表税理士  増田哲士(ますだてつし)

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資格
  • 税理士【登録番号:103092】
  • 農業経営アドバイザー【登録番号:A13210】
所属団体

東海税理士会 掛川支部

平成21年~平成22年:理事(厚生部長)、東海税理士協同組合保険第一委員
平成23年~平成24年:理事(厚生部長)、東海税理士協同組合保険第二委員
平成25年~現在:理事(総務部長)

 

当事務所の代表を務めています 増田哲士 と申します。

現在、日本の経済情勢は非常に厳しい状態であり、法人税を支払っている企業、つまり利益が出ている企業は2割に過ぎないといわれております。

つまり、残り8割の企業は節税対策といった対策の必要性はなく、むしろ企業を存続させるための対応策が必要な状態であると考えられます。

このような状況下で、税務申告や節税対策をメインとした業務を行っていても何らお客さまの必要とされる税理士事務所にはなれないと考え、さまざまな税務以外のサポートも視野に入れた業務展開を模索している状況です。

下記の略歴に記載したとおり、エリートとは到底いえないような人間ですが、その分逆境に負けない雑草魂で乗り越え、今の経済情勢の中でも、何とか将来を切り開いていくだけの根性は持っているつもりです。

日本の中小企業では、日本経済が悪いからしょうがないなどと弱音を吐いて時代の大きな流れに身を任せることではなく、ピンチこそチャンスだと捉えたビジネスモデルを探し当てることこそが生き残っていくための方策です。

そのような前向きな経営者とともに、時代の大きなうねりの中でもひたむきに前進することが出来れば税理士として、ビジネスパートナーとして幸せな限りです。

略歴・趣味

Google     詳細に記載し過ぎましたので、読み飛ばして貰って構いません。

略歴

昭和51年

(1976年)

静岡県榛原郡吉田町立住吉小学校卒業

親に聞くと、小学校入学時には1から10まで数えることもできず、特殊学級に行かざるを得ないと危惧していたようです。

昭和54年

(1979年)

静岡県榛原郡吉田町立吉田中学校卒業

1学年300人以上のマンモス校で、進学校に進める50~60人のお尻にぶら下がっているような学生でした。スポーツ・学業ともパッとするものがなく、目立たないいじめられ役であったため、良い思い出は殆どありません。

昭和57年

(1982年)

静岡県立榛原高等学校卒業

高校入学後のテストでは、同級生が350名近くいたと思うのですが、成績は最下位近くでした。これではいけないと、自宅での勉強を増やした結果、3学期には1桁の成績をとり、2年生からは文系選抜クラスに入りました。得意科目は数学や化学・生物等の理数系科目であったにも拘わらす、親の勧めもあって文系を選択しましたが、明らかに進路選択ミスと言えます。そして選抜クラスでは、ホームルームの時間まで英語に切り替えられ、英語の進度は異常なほど早く、英語を始めとした文系科目が苦手な私は見事に落ちこぼれてしまい、クラスでは常に最下位争いをしていました。

昭和61年

(1986年)

専修大学商学部会計学科卒業(主席)

受験前の模試で合否判定によれば確実に合格できると思っていた大学からも合格通知は届きませんでした。要は本番に弱い「ビビリ君」ということです。全滅と思いきや、補欠合格が届いていた大学があり、高校時代に育英会の奨学金を申し込んでいたことや、浪人はさせてもらえないということから、補欠合格でも合格だと自分自身に言い聞かせて入学しました。入学後、せっかく授業料を払っているのだからと興味のある講義は単位に関係なく受講した結果、1年の期末試験後の成績はほぼ全ての教科でA評価を頂き、特待生として大学から特別奨学金を貰えることになりました。これにより、大学に支払うべき金額(入学金と4年間の授業料相当額)を奨学金として支給されました。大学2年以降も、幅広い知識を得るために単位に関係ない講義を受講して、卒業式には学部の総代として卒業証書を授与されました。しかし、大学時代の友人のうち2人は専門学校に通って大学卒業後まもなく公認会計士に合格したのを、経済的に余裕がなく専門学校に通えなかった私は、少し悔しい思いで、彼らに「おめでとう」と祝福していました。

昭和61年~

昭和63年

(1986~1988年)

東芝硝子(株) 経理部 財務グループ

この会社はメーカーでしたから、当時はQC活動や改善提案活動が事務部門にも求められ、少しでも費用削減できるような提案を毎月提出していました。現在も業務遂行の際には、ムラ・ムダ・ムリの3ムを出来る限り省こうと考える癖がつきました。この会社は大手電機メーカーの100%子会社でしたから、役員も親会社からの天下りが多く、独立系会社でのキャリアアップを考えるようになり、転職しました。

平成元年

(1989年)

(株)帝国データバンク 経理第二部

日本の信用調査会社の双頭のひとつである会社に入社しましが、経理第一部で私より数ヶ月前に転職してきたアメリカ公認会計士の資格を持っている方が上層部に嫌われ解雇されました。独立系会社のワンマンさを痛感しました。この会社では、部長からの特命業務を引き受けていたので、部内では孤立した立場となり、業務内容もキャリアアップを図れるようなものではなかったため、早々に1年で転職しました。

平成2年~
平成11年

(1990~1999年)

(株)TOKAI 購買部・社長室・支店庶務

この会社は静岡県内の商社で、多角経営をしている東証一部上場企業です。この会社の購買部という部署で仕入交渉を始めとした業務を7年経験し課長となりましたが、9年目に社長室に抜擢されました。社長室では、グループ全体の連結経営計画の作成等を勉強しながら業務をこなしていました。しかし、前任者が昇進コースから外されたということで、後任で経験のない私に対する引き継ぎは、イヤガラセなのか全くと言っていいほどありませんでした。業務知識や前年までの経緯が分からないので、異動後3か月目には精神的に厳しくなり、精神内科医に通院したこともありました。こんな状態で仕事をしていればミスも当然起きるわけで、私が作成した証券取引所資料が間違っており、1年後には支店庶務課長として左遷されました。実は、この左遷がなければ税理士になるという決断をすることはなかったかもしれません。左遷後、妻の実家が税理士事務所を経営していたことから、37歳という受験勉強を開始するには遅い年齢でしたが、思い切って会社を辞めてチャレンジしようと決意しました。

平成14年

(2002年)

第52回税理士試験合格

受験期間中は専業主夫で世間の目からは無職と見られてしまう立場でしたので、スーパーに買い出しに行く際にはなるべく主婦が少ない時間帯に行っていました。家事を早々に済ませてから、何が何でも合格しなければという気持ちで自分自身を追い込んで勉強していたので、学生時代とは比べものにならないくらい集中して勉強していました。背水の陣という言葉さながらに、切羽詰まった状態でしたので、鬼気迫るものがあったようです。その甲斐あって、官報で掲載される税理士試験合格者の中に自分の名前が載っているのを確認できた時は感無量でした。

平成15年

(2003年)

北原会計事務所勤務

税理士登録するには2年間の実務経験を証明してもらうことが必要なのですが、最初の会社は合併しており、辞めた会社に実務経験を証明してもらうのも気が引けるので、事務所での実務経験を2年間待って登録することにしました。

平成17年

(2005年)

東海税理士会 掛川支部に税理士登録

税理士登録してみると、10万3千番台の登録番号となっていました。

平成25年

(2013年)

増田哲士税理士事務所開業

開業時には、北原会計に勤務したての頃と比べて顧問先がかなり減少してきていましたので立て直しが喫緊の課題となっていました。現在立て直しに奮闘中です。

趣味

スキー

スキーシーズンがちょうど所得税の確定申告期に当たってしまい、税理士になってから1シーズンで1回とめっきり回数が減りました。税理士になる前は、1シーズンで10回以上行ってました。腕前はガクンと落ちましたが、整地斜面であれば上級者コースでもパラレルで降りることが出来ます。40歳代にはコブ斜面に行った途端ヒザが笑ってしまっていたのですが、ジョギング・筋トレのおかげで足腰に筋肉が付いてきました。冬が楽しみです。

スノーケリング

スクーバダイビングではなくスノーケリングですが、ジャックナイフができれば深いところにも行けます。国内なら石垣島や宮古島のような沖縄の離島がいいのですが、静岡県内でも伊豆ならば熱帯魚が結構います。それでも、やっぱり南国の離島のサンゴ礁に囲まれたラグーン内の色とりどりの魚たちの舞いを一度見てしまうと、伊豆辺りの海は見劣りしてしまうんですね。

ゴルフ

税理士になってから若干回数が増えましたが、あいかわらず右へ左へと忙しく、いくら叩いても悔しいとも思わないのが上達できない理由ではないかと自己分析しています。それでもゴルフはハンディがあるので、楽しくプレーできるのが何よりです。近隣地域にはゴルフ場が多くあるため、もう少し練習量とラウンド回数を増やそうかと思っています。

テニス

50歳になって、30年ぶりにプレーするようになりました。
30年前のラケットは重くて使えないので、新しいラケットや靴を買い揃え、週に一度テニススクールでプレーしています。もともと上手い訳ではなく体が鈍っていたので、50歳代の私の体には厳しいスポーツですが、楽しくプレーしています。

ジョギング

テニスをやり始めて体力の無さを痛感し、ジョギングも同時にやりはじめたのですが、最初の内は数キロ走るのがやっとでした。ところが走らない日に筋トレもやるようになってから、数ヶ月で体脂肪が劇的に減り始め、今では一か月で150キロの走り込みが出来るようになりました。まだ筋肉が十分についている訳ではなく、マラソン大会に出れるほどではないですが、体脂肪率1桁・フルマラソン走破を目標に朝や夕に走っています。

その他

テント・タープ設営や、食事の支度等ですごく忙しいキャンプ              タックルやギヤが錆びてしまった海釣り(海から遠くなったせいでしょう)        やっぱり、本当の趣味は仕事でしょうか?

このように、税理士としての経験は決して長いとは言えませんが、遠回りをしてきた経験は決して無駄ではなかったと思っています。

学生時代から底辺をさまよっていた人間ですから、ひたすら這い上がることばかり続けてきました。その結果、這い上がらなければ後がないという気持ちで自分自身を鼓舞させることで、ピンチをチャンスとして捉えて、マイナスをプラスに変えることができると信じるようになりました。

あきらめたら、そこですべてが終わってしまいますから、決してあきらめず、のたうちまわってでも這い上がってやるという強い気持ちこそ大切なのだと学びました。

それでも、本当に頭の良い人達には、逆立ちしてもかなわないという劣等感だけは学生時代と社会人時代を通じて長い間に植え付けられてしまいました。しかし、この劣等感があったからこそ、これをバネとして頑張ってこれたのだと思います。

反骨心を持って、ひたすら邁進する努力を絶やさなければ、きっと自分自身が思い描くような人間になると信じています。これは『思考は現実化する』の著者であるナポレオンヒルが言っていることですが、強烈に自分自身の将来のなるべき姿を思い描くことで、自ずとそのような者になることができるというものです。

残念ながら、まだ私自身は思い描くような人間とはなっていませんが、可能性のある限り、ストイックに生きてみようと思っています。

ここまで読んでいただけた方に感謝します。自分自身のプロフィールを良く見せようと思っても、欠点だらけの人間ですから、とても体裁はとりつくろえないと思い、恥ずかしいことや黙っておいたほうが良いと思われることも触れてしまいました。しかし、私の人となりは何となくご理解いただけたのではないかと感じています。

このような者が代表を務めている税理士事務所ですが、関与させていただく方には全力でサポートいたしますので、ご安心ください。

税理士を目指した理由

自らの経営だけでなく他社の経営に関しても、お役に立てる仕事がしたい

大学での専攻が、商学部・会計学科というまさしく今の職業に通じているので、大学時代から税理士を目指していたのだろうと推測される方がとても多いのですが、残念ながらそうではありません。

専攻する学科が会計学科ですから、大学時代には当然のように簿記や会計学に関する単位は必修となっていましたから、単位を取るための勉強だけはやりました。

しかし、大学1年の時に初めて簿記を学び、日商簿記3級を2~3週間勉強して取りましたが、その時に「簿記ってこんなにつまんないものなの?」という感想しか持つことが出来なかったのです。

要は、借方・貸方に科目を割り振り、コンピュータで処理すれば「あっ」という間に出来てしまうものを、紙面上で試算表を作成して損益を求めていくだけの「とてもつまらない勉強」程度にしか思えなかったのです。そして、会計学においても「真実性の原則」や「流動性配列法」といった内容を、テストに必要だから覚えましたが、それほど興味を持てなかったのが現実でした。

大学2年になって教養課程の数学を担当していた教授による「数理生態学」という分野についてコンピュータでシミュレーションするという教養演習の授業を取りました。もともと理数系的な思考の持ち主だったこともあり、どっぷりとはまって理数系の教授先生が集まる部屋に毎日のように入り浸ってしまいましたので、文系の大学なのに理数系の勉強ばかりしていました。

大学3年になり、あまり興味が湧かない商業・会計科目中心のゼミばかりの中で、管理会計分野の教授陣の中に「太陽黒点の予測から経済・企業活動の予測ができるかもしれない」という話をされていた教授のゼミがあったので、あまり人気のないゼミでしたが面白そうだという理由で入りました。そこでは、学生自ら模索した研究テーマを3年次において選定し、4年次にはゼミ長として4年全員を取りまとめて共同研究を行いました。他のゼミのような卒論はありませんでしたが、選んだテーマが「統計手法を使った倒産予測」というもので、重回帰分析等の統計手法を使い自らコンピュータプログラムを作成し、対象となる会社のデータをコンピュータに入力して、将来の倒産予測をしてみようという、今から考えれば無謀な研究でした。しかし、ここで大学2年次に初めてコンピュータに触れ、指数関数を使った計算式に従ってコンピュータプログラムを組んでいた経験が役に立ちました。

資格取得の為に勉強していたわけでもなく一流大学出身でもないため、就職には随分と苦労しましたが、何とか会社に就職し社会人生活が始まったわけです。

しかし、社会人になる前にゼミの教授から「給与の5%でいいから毎月専門書を購入して勉強しなさい」と言われていたので、教授の言葉を信じて社会人になってから毎月のように経済・会計・数学・統計に関する書物を購入していました(後で他のゼミ生に聞いたところ、そんなことをやっている人間は一人もいませんでした)。ここで購入していたと書いたのは、購入しても読み進めない書物も中にはありましたので、「積ん読」という状態だったのですが、徐々に経済・経営に関心を持つようになっていました。

略歴に記したとおり、就職後は3社を渡り歩きましたが、経営に感する書籍を沢山読破し、自らが理想とする経営観というものがすこしずつではあるものの持てるようになってきたので、何時の頃からか自分自身で経営したいという思いが出てきました。但し、自ら経営するには技術的なことのみならず、営業面・資金面等の様々な問題をクリアする必要があり、一歩を踏み出す勇気が持てなかったのが現実でした。従って、この頃はどのような会社を作りたいといった具体案はまるで無い状態でした。

このような状態から抜け出すきっかけとなったのが、3社目での左遷だったわけです。左遷される前に精神的に厳しくなってきたことが契機になり、会社で精神的に病んで仕事をするよりも独立するのも良いだろうと判断したのです。結果的には、会社の課長職を辞して大きな組織から離れ、一匹狼になるという大博打でしたが、その対象として考えたのが資金的にも厳しくない士業への参入だったわけです。

しかし、士業への参入に当たっての最難関は資格取得という壁でした。税理士試験が難しい試験であるというのは、十分承知していましたし、もしかしたら十年後・二十年後も受験生のままかもしれないという不安が無かったわけではありません。しかし妻にも相談もせずに会社を辞めてしまった以上、男として絶対に言い訳はできないわけで、後ろは振り返らず前だけを見てやるしか方法は無く、合格しか残された道がなかったのが良かったのだと思います。

長々と大学時代からの経緯を書きましたが、このように税理士を始めから目指したのではなく、社会人になって興味を持った対象が経営という分野であり、税理士であれば自らの経営だけでなく関与先の経営に関しても、何らかの役に立てる仕事が出来るのではないかと考えたためです。

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